11時52分46秒

2015年6月20日(土)


数年前、仕事を辞めてからいろいろな物から目を背け、ただ食って寝ての毎日を繰り返していました。

だからなのか、部屋の時計が止まっていたことに気が付いたのは真剣に働くことを考え始めた最近になってからだったのです。

真人間の生活には時計は無くてはならないものなのでしょう。真人間なら時間に追われて何ぼのはず。(つまり真人間は追いかけるより追われたいに違いない。けど俺はどちらかと言えば追いかけることに憧れているので、つまり逆説的に言えば俺=時間なんじゃないか)そう考えた自分は生活リズムを真っ当なものに戻すことからはじめようとしました。

するとつい何気なく止まっているとわかっているはずの壁かけ時計に目が行ってしまうのです。

11時52分46秒

動かずに止まった3本の針が表しているのはこの時間。いつ時計を見てもこの時間しか指しません。

何度もこの止まった時計を見たからか俺は11時52分46分を指して止まった3本の針に親しみのようなものを感じてしまったのです。

しかしジレンマというべきか、働こうと、真人間になろうと思うなら、まずこの時計の針を進めないといけないような気がして。しかし進めてしまうのもどこか惜しいような気がして壁にかけられた時計をじっと眺めてしまうのです。

働きたくないのを時計のせいにするのもどうかと思うけど自分はこの時計が11時52分47秒を指すのが怖いのかもしれません。

あと、これを書いていて途中で気付いたけど11時52分46秒って11時(良い)52分(子に)46秒(しろ)『良い子にしろ』って読めますよね。だからどうってわけではないけれど『良い子にしな』よりも『良い子にしろ』の方がやっぱり自分としては好ましいです。けどまぁ働かずに一丁前にご飯だけはたくさん食べる俺は良い子じゃないな。……いい子になれるようにうじ虫、がん“ばり”まーす!! 針だけに!!

時計はまだ11時52分46秒を指している。

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