【共通テーマ】主人公


2014年11月23日(日)


物語を愉しむ観客は、主人公と自分を重ねて舞台を見上げるものだ。主人公は強大な悪に立ち向かったり、宝石のように美しい異性と結ばれる。彼ら主人公は物語を通して悪に立ち向かう強さや綺麗な宝石の似合う人物へと成長してみせ、観客は見上げた舞台で繰り広げられた物語を通して成長の素晴らしさを知る事となるだろう。

「誰だって自分の人生という物語の主人公だ」

いつかどこかで聞いたような言葉が頭に去来する。しかし、この言葉が実際にそうであるならば、現実にも強大な悪や、思わず息を呑むような異性がいなければ『自分の人生』という物語は成立しないのではないか。その上、物語に関わった他作品の主人公の成長に役立ち、導く。自分はそんな立派な事をした覚えは無い上、された覚えも無い。更に言えばblogやtwitterが炎上し、バイトをクビになり、多額の賠償金を払う羽目になったり、高校、大学を退学になった上、本名がインターネット上から消えなかったりしている人達を見た限り、彼らの周囲にいた主人公たちも成長を促してはいなかったようだ。……人生とはこんなに難しいものだっただろうか?

「誰だって自分の人生という物語の主人公だ」

一度ここらで栄光と哀しみのうじ虫物語のあらすじを振り返り、主人公としての役割を果たせていたかを考える。……常に受身で生きてきた。目の肥えた観客には馴染み深い『やれやれ系』主人公だったようだ。ただし、何もイベントの起こらなかった駄作の。強いて格好良く言うならBAD END型主人公か! 『語れるものなんて何も無い……』みたいな! モブでいいじゃねーか!! ッチ!! この世界に本物の主人公なんていねーんだよ!!!!

「誰だって自分の人生という物語の主人公だ」

物語は必ず終わりを迎える。それは本物の主人公も現実に存在する偽者の主人公にも等しく訪れる。悪を討ち滅ぼした主人公も、綺麗な宝石を手に入れた主人公も、BAD ENDを迎えた元主人公も、主人公になれなかった主人公も、幕が降りるまでには観客の一人にでも成長の素晴らしさを伝えられるのだろうか。

「誰だって自分の人生という物語の主人公だ」

こんなつもりでは無かった。アニメ、マンガ、ゲームの主人公について語ったり、何度も繰り返したこの言葉で、皮肉と駄々をこねて糞みたいなハンバーグを作ってやろうと思ったら「主人公」についてではなく「人生」について書きなぐってしまった。俺は悪くない。全ては脚本家が悪い。

うじ虫には荷が重い……いや、うじ虫では役者不足だったようだ。誤用の方がそれっぽいのがいかにも「らしい」





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